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隠蔽捜査 (今野 敏)
 警察小説の魅力は、サスペンス、ミステリーの要素があるのはもちろんのことですが、個人対組織というものがストーリーの重要なテーマになっている場合が多い。組織と言っても煎じ詰めると人の集まりであり、結局は人と人の関わりと言うものに収斂されるかもしれない。そもそも人間は社会的動物であると言われています。 警察小説では、それが際立つためにあるいは際立った背景を有するために、読み手は深いインパクトを受けるのではないかと思います。
 そうして、警察小説ではよくあるシチュエーションとして現場の目線から見た、「キャリア官僚」との対立・葛藤が取り上げられことが良くあります。ところが、この小説は「キャリア」の目線でしかも「キャリア」対「キャリア」の葛藤がストーリの主線を成しています。この設定自体が新鮮で、あまり意識することがなかったキャリアの心情とその行動に、私はすっかり惹きつけられてしまいました。
 物語は、竜崎信也というキャリア官僚が主人公になっています。彼は家庭のことはいっさい顧みないような、仕事一筋の、一般の人間からみたら少々食えないような男ですが、彼には官僚にたいする強い信念とキャリアとしての矜持がありました。
 そうしてこの物語の中にもう一人の重要な役割を担う伊丹という男が登場します。彼は竜崎の小学校時代の同級生で同じキャリア官僚です。しかし、彼らは決して仲の良い友人などではなかった。竜崎は、過去のある出来事から伊丹に対して屈折した思いを抱いていた。この二人を軸に物語は進んで行きます。
 物語はある殺人事件から始まる。被害者は暴力団組員だった。だが同じく拳銃による第二の殺人が発生し、そうして凶器は違うが第三の殺人事件が発生する。当初、暴力団の抗争によるものかと思われたが、思わぬ共通点があきらかとなる。三人の被害者はいずれも十年前の少年犯罪の加害者だった。その事件は女子高校生が凌辱目的で誘拐され、挙句の果てには殺害されるという悲惨なものだった。だが、加害者たちは少年だったために重い刑を受けることはなかった。
 そうして、捜査の進展とともに思わぬ容疑者が捜査線上に浮かぶ。あろうことか容疑者は現職の警察官だった。
 そんな折、竜崎は息子の邦彦がヘロインを使用していることを知る。彼は自分が積み上げてきたものを全て失うことになるかもしれないと思い、絶望にとらわれる。
 更に、警察の上層部が殺人事件の隠ぺいを図ろうとしていることを知って、竜崎の苦悩は二重に深まる。
 しかし彼は、悩んだ末に自分の信念に従って行動することを選択する。
更新日:2013/04/14(Sun) 06:57 [修正・削除] [管理人に通知]   投稿者:かごめ 
草祭 (恒川光太郎)
 恒川光太郎氏といえば日本ホラー小説大賞を受賞した『夜市』が有名であり代表作だとも言われています。私はそこに収録されている『風の古道』を読んですっかり氏のファンになってしまいました。
 実のところ私はホラーが苦手です。しかし、この作品はホラーティストはありますが、幻想的でどこか柔らかなところがあります。決して暗い気分になることがない、そんなところが私のお気に入りです。それではなぜこの作品を紹介しないのかと言われそうですが、それはいずれ別の機会もあろうかと思います。

 今回は氏の独特な世界観が横溢する『草祭り』を紹介しようと思います。

 氏は独特の景色を持った世界を描き出す作家です。
 『草祭』は美奥という不思議な街を舞台とした、六篇の短編からなる物語です。
 美奥は現実と夢のような世界の境界があいまいになっている空間なのかもしれません? そこでは人が獣に変わると言われています。各話の紡ぎだすそれぞれの主人公の物語。そうしてその六つの物語が繋がった時、美奥という秘密の場所が、ようやく私たちの前に姿を現します。
 「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉があります。
 私たちはこの現実という世界を確固たるものだと考えようとします。そうして夢と現実とはまったく別物であると考えます。しかし本当にそうなのでしょうか? 最終的には、それらは私という存在が感じ取るものだという意味から考えれば何ほどの差があろうかと思います。
 まさに人間は夢をも食べなければ生きられない、生き物のようです。

 どうかひと時の、夢のような世界をお楽しみあれ。
更新日:2012/10/05(Fri) 07:16 [修正・削除] [管理人に通知]   投稿者:かごめ 
半落ち (横山秀夫)
 連続少女暴行事件に当たっていた志木警視のもとへ、突然「現職警官による妻殺害事件を担当せよ」と連絡が入る。
 自首してきた警察学校教官の梶はアルツハイマー病に侵された妻の殺害についてその動機と経緯について自白し事件は落着するかに見えた。
 だが、彼は事件の発生した日から出頭するまでの空白の2日間について、一切の供述を拒否した。
 そうして捜査の結果、彼は新宿歌舞伎町に行ったらしいことが分かる。歌舞伎町の悪いイメージがひとり歩きすることを恐れた警察上層部は、志木に供述書の捏造を命じる。事件は検察にまわされるが、担当の佐瀬検事は、供述に不審なものを感じ警察内部の調査を進めようとする。
 こうして物語が始まり、警察と検察の対立を横糸として梶に関わった様々な人間が、様々な思いを紡ぎだしていく。
 時が経ち、定年間近の刑務官古賀は、新しく入所した風変わりな受刑者、梶の処遇に困惑していた。そんな折、志木という男からたびたび電話が入るようになる。
 そうして志木はついにその謎を解くことになる。警察官であった梶にとって、名誉こそは生命よりも大切なものだったはずだ。その名誉を捨ててまで彼が守り通そうとしたものはなんだったのか? 感動の結末があなたを待っています。

<<<半落ちとは、警察用語で容疑者が容疑を一部だけ自供している状態のこと>>>
更新日:2012/07/31(Tue) 16:14 [修正・削除] [管理人に通知]   投稿者:かごめ 
わくらば日記 (朱川湊)
 つい「私の好きな作家の……」と書きたくなる私ですが、朱川湊氏は私の好きな(読みたい)物語を書いてくれる作家のひとりです。
 この物語では「ノスタルジックな昭和の風景、人の心の優しさ、暖かさ、悲しさ、生きるということの苦しさ、切なさ、はかなさ、そして心を惹きつける不思議な出来事」そんな様々な想いがいっぱい詰まった朱川ワールドというものに出会えます。
 やさしく美しい姉とその妹の姉妹が出会う様々な事件。じつは姉には人や物の体験したことを読み取る不思議な能力があって、ある経緯から警察からもあてにされるようになります。だが、その能力故に姉は苦しい思いに心を痛めてしまう。
 成人した妹の目線で語られるその連作短編集は、姉が薄命だったことがさりげなく触れられていていっそう物語の雰囲気が切なく感じられます。
 様々な人物が登場し、姉妹との関わりの興趣がつきません。物語の進行が話の終わりに向かっていくと意識するだけでもいとおしいひとときを過ごしていることに改めて気付かされます。
 なおこの本の表紙の絵がとても素敵です。この物語の雰囲気を表していて、きっと手にとりたくなる一冊だと思います。続編も出ていますが、これまたおすすめです。
更新日:2012/07/31(Tue) 16:25 [修正・削除] [管理人に通知]   投稿者:かごめ 
イン・ザ・プール (奥田英朗)
 何とも愉快、痛快、面白いというのがこの小説を形容するに相応しい言葉かと思います。
 色白でデブでマザコンでおまけに注射フェチのとんでもない精神科医、伊良部一郎が出演するエンターテイメントノベルです。各話に登場する主人公たちがこれがまた変わっております。プール依存症だったり、陰茎強直症、自意識過剰症、強迫観念症とまあ病名はさておいて、いささか問題のある面々。本人にとっては悲劇でしょうが、はたからみている者には妙な可笑しさがこみ上げてきます。
 彼らの病気を治すべく伊良部医師が奮闘するのですが、とにかく行動がハチャメチャ支離滅裂な彼のこと、その展開は読者の想定外のところへと突っ走っていきます。
 しかし読み終わった後、面白かっただけではなくて、人の心の優しさや気使いも感じたり、ちょっとばかり伊良部医師は良い奴だなと共感している自分がいます。
 なおこのシリーズ第2作『空中ブランコ』は直木賞を受賞しています。
更新日:2012/07/18(Wed) 20:02 [修正・削除] [管理人に通知]   投稿者:かごめ 
裏庭 (梨木果歩)
 実のところ、私はファンタジーと呼ばれる類の小説はあまり得意なほうではありません。しかしこの小説はそのような方々にも喜んで読んでいただけるのではないかと思います。

 物語は照美と呼ばれる女の子が住む町に在る西洋風の荒れ果てた屋敷を舞台に始まります。その屋敷には戦前に日本に来たバーンズ家の人たちが住んでいましたが、日米開戦のために本国イギリスに帰国します。そこに居たレイチェルとレベッカという姉妹はこの物語の最後まで重要な関わりを担うことになります。
 そうして、お屋敷は日本に残り、子供たちの遊び場になる。だが、その屋敷の池で遊んだことが原因で照美の知恵おくれの双子の弟の純が亡くなります。そのことが照美たち一家(父と母)に暗い影をおとします。照美も心に目には見えない傷と闇を抱えます。
 その屋敷には、ある噂がありました。それは、屋敷は現実の庭だけでなくもう一つの別の世界の『裏庭』につながっているというものです。あるいきさつから、照美は鏡を通ってその裏庭に足を踏み入れてしまいます。
 そこには、化石となった「一つ目の龍」が解体されてしまったために、崩壊への音を響かせ始めた三つの王国がありました。元の世界に帰るために、照美は釣り人の「スナッフ」、双子の片割れで両腕を失った「テナシ」と不思議な冒険の旅に出ます。
 そうしてその旅は現実の世界とも微妙に干渉していることに、読者は気が付くことになるでしょう。そうしてさまざまなキャラクターに対する作者の思い入れを感じ取ることがあるかもしれません。何かを感じ取り何かを考えさせられれば読者はもう照美の立派な同伴者になっていることに気が付くはずです。

 この作品は第一回児童文学ファンタジー大賞受賞作です。しかし、児童向けの決して甘い話ばかりではありません。醜いことや残酷なこと、悲しいことやつらいことにも目をそむけることなく向き合っています。そのことは、読む者に改めて家族や人間の絆といった深いテーマに心を向けさせてくれます。

 私の個人的な感想になるかもしれませんが、物語が始まって中盤あたりで少し中だるみを感じます。しかし後半に入ると、とたんに物語のテンポが上がって、ぐんぐん冒険の旅に引き込まれていきます。そうして、怒涛のクライマックスへと物語はまさに奔流の如く一気になだれ込んでいきます。
 読み終わった時の様々な感想のなかにほんのりとした灯りのようにほっとした気持ちが私の中に生まれていました。

 この物語を子供ばかりでなく「子供の心を失わない全てのおとなたち」に贈りたいと思います。
更新日:2012/10/28(Sun) 07:28 [修正・削除] [管理人に通知]   投稿者:かごめ 
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